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2014.03.18

扱いにくいガキ(^_^;)

みなさん、こんにちは
私が高校生の頃はクラスの間でフォークがはやっていました(年代がわかるかも(^_^;))
みんな深夜放送を聞いていて翌朝クラスではその話題で盛り上がっていました。当時の私はフォークには偽善を感じていました。

高校生の頃は多少世の中が分かってきはじめて、自分のその後が色々なものに縛られて窮屈になっていくのであろうことをなんとなく友達達は予感していました。それ故に自由に憧れていました。当時活躍していたフォーク歌手達も縛られていないという雰囲気をそれとなく出してました。

具体的に名前は出しませんが当時人気のフォーク歌手はラジオの深夜方法のパーソナリティーをやっていて友達からみると自由にみえたようです。

私はなんとなくですがこれらのフォーク歌手達は実は自由でないが自由であることを演出しているところに偽善を感じておりこの歌手達も社会の歯車の1つにすぎず、それをそうでない雰囲気を醸し出していると感じ当時彼らの歌は決して聴きませんでした。

友達の一人が●●は自由でいいな~

といいました。大学受験があり息の詰まる時間が過ぎていったのでしょう。私が

●●が自由であるわけないじゃん。●●は事務所とか業界が作ったイメージ(今ではキャラというみたいですね)を演じていて俺たちがそれを信奉しているだけさ。普段からアレだったら社会が受け入れないよ。●●がラジオに出たりコンサートしたりするのはバックに何かしらのものがあるはずだよ。まあ簡単にいうと会社に勤めているようなもんだよ。
●●は決して自由ではないし歯車の一個だよ。

ということを当時高校3年生のガギである私がいっていました。最近は当時のフォーク歌手の当時の曲を聴くようになりましたが今になっていい曲だな~(彼らが自由か自由でないかはそれほど興味がありません)と曲のみに興味が出ることがあります。遅れてきたマイブームってやつですね。

しかし大人なった今は決して自分は社会の歯車の1つだとは思っていませんが当時は

大人になること=社会の歯車の1つ(定義は定かではありませんが)

だと私の同級生は思い込んでいたようです。それぞれの仕事がお互いに関連しあうのは正しいですがそれは単なる歯車とは違うような気がします。(まだ高校生のレベルからそれほど大きな進歩はないですね~)

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